捕手の概念を変えた男・中尾孝義!
中尾孝義 今でこそ走れる捕手は珍しくはない。しかし、当時の捕手は「太い」「鈍足」「鈍い」というイメージがあった。 この中尾選手がドラゴンズにドラフト1位で入団した時にはビックリした。 私の中に存在していた捕手の概念が吹っ飛んでしまったのを今でも覚えている。 捕手というポジションながらも、攻撃的な守備をする。内野手のような感じがしていた。 セカンドへの矢のような送球はもちろんのこと、内野フライ&ファールフライが上がれば誰よりも先に落下点に入っていた。 通常は投手が取るバントさえ、簡単にさばいてしまう身のこなしの軽さ。 捕手で一番大切なリードにしても常に強気で攻めて行く。 投手が首を振っても、頑固なまでに同じサインを出し続けて行く。 そして、体からあふれ出す闘志と捨て身のブロックからケガが多かった為、思い通りの成績が残せなかったのは非常に残念である。 捕手というポジションだが捕手を感じさせない珍しい選手であった。 中尾選手はこんな事を言っていた 『僕は捕手を女房役と表現するのは好きじゃないんです。もちろん捕手は守りが大事で地味な存在です。でも、その中でバッティングと同じように、もっともっと攻撃的でありたいんです。』 まさにその通りの素晴らしい捕手であった。 再び、ドラゴンズにこのような捕手が現れて欲しいものだ!
中尾選手のバッティングを生かそうという事で、サードや外野にコンバートされた。 非常に残念だった。そこには捕手で輝いていた中尾選手ではなかった。 その後、西本投手とのトレードで読売入り、そして最後は西武に入団した。 もともと、プリンス出身の中尾選手にとっては一番いい場所に戻ったといことなのだろうか? なぜ、星野監督はあの時トレードで放出してしまったのだろうか? その真相を聞いてみたいものだ!
中尾選手の投げ方が好きだった。 捕手らしいモーションの小さい投げ方が本当に好きだった。 そこから繰り出される、矢のような送球にはシビレていた。 幼い私はあの投げ方を鏡の前でよくマネしたものだ! 今、思い出してもカッコ良いい。 もともと私はドラゴンズの選手はみんな大好きで、1人を上げろといわれても困ってしまう。 しいて言えば中尾選手であろう。 しかし、今後はドラゴンズの選手の中で1人だけを応援するということはないと思う。 おそらく、この中尾選手が最初で最後であろう。 それだけに、なにか思い入れの深いものがある。 現在は西武球団の職員として働いているのだろうか? ドラゴンズ復帰という事はないのだろうか?
いつの日かもう一度、バッテリーコーチとしてドラゴンズのユニフォームを着て欲しい。 そして、中尾さんのような素晴らしい捕手を育ててもらいたい。 誰が何と言おうと、私の中では中尾さんは『日本プロ野球史上最高の捕手』です。


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